KANGEKI2022年12月号Vol.74

木戸番のエッセイ・天職先は大衆演劇!第21回舞咲碧士~正舞座~後編

劇場:スパリゾート雄琴 あがりゃんせ
木戸番のエッセイ・天職先は大衆演劇! 第21回 舞咲碧士 ~正舞座~ 後編

大衆演劇の劇団の多くは座長とその家族で構成されている。 役者の家系に生まれた、いわゆる幕内の人間が過半数を占める中、一般家庭から役者になった人もいる。 何がきっかけでこの世界と出会い、日々過ごしているのだろうか?
劇場オープンから6年、木戸番兼劇団のお世話係を務めてきた著者が綴る実録エッセイ。 第21回は舞咲碧士(まいさき・あおし)(正舞座)編・後編です!
(前編はこちらをご覧ください)

筆者にも宝塚歌劇団には思い出がある。
滋賀県のローカル局で長く構成作家をしていた時、滋賀県の甲賀郡(今の湖南市)に住む女性が、宝塚音楽学校を首席で卒業し、宝塚歌劇団に入ったというので、筆者の担当している情報番組で密着取材をすることになった。

その女優は「安蘭けい」といった。

ロケ日当日、女の世界に4人の男のロケ隊が入った。行動は非常に限定的であったが、収録していると……、遠くで金髪の女優が二人で話している。

「誰を撮っているの?」
「安蘭けいらしいわ」
「なるほどね。安蘭けいか」

安蘭けいは、宝塚歌劇団に入団してからすぐに団員から一目置かれる存在であった。

宝塚歌劇団にしても、野球でも、サッカーでも、出来る人はすぐに頭角をあらわし、光輝くものである。誰が見てもそれが本物だとわかるらしい。安蘭けいも歌では苦労したが、 その後星組のトップスターになったことは、あまりにも有名である。

スパ&リゾート雄琴あがりゃんせ

さて、その後、冨田未沙葵(とみた・みさき)は宝塚音楽学校を受験することはなかった。 宝塚歌劇団は諦めたが、舞台への思いは捨てようもなかった。

舞台で成功するためにはなにが必要なのか考えて、専門学校に入った。 歌には自信があったがダンスは不得意であった。 そこで専門学校では「ダンス・パフォーマンス科」を選んだ。

生徒がすごくできるダンサーばかりだと、結局心が折れて、宝塚音楽学校の受験のトラウマがよみがえるのではないか。

ところが幸か不幸か「ダンス・パフォーマンス科」は未沙葵しかいなかったのである。講師とマンツーマンでダンスを練習ができた。

舞台で歌が歌えて、ダンスができて、演技をするとなれば「ミュージカル」である。 未沙葵には「ミュージカル」という明確な目標が見えた。

日本の場合「ミュージカル」に出演して演技することは、一介の専門学校生にとっては遠い憧れであった。 専門学校を卒業して「ミュージカル」のオーディションを受けてみても、そんなに簡単に役がもらえるほど甘い世界ではなかった。

目標となる「ミュージカル」を目指しても、日々の生活もある。 未沙葵はいろんなアルバイトもした。舞台に関係したものからテーマパークの案内スタッフまでやった。

舞咲碧士まいさき あおし
2019.6.12 庄内天満座

ある日、歌の練習でお世話になった先生の知り合いに大衆演劇のファンの人がいて、未沙葵にもお声がかかった。 「大衆演劇」を観に行こうというのである。

「大衆演劇」って、なに?
そんな疑問を心に持ち続けて行ったのは大阪・新世界にある「朝日劇場」であった。 その劇場では「たつみ演劇BOX」の公演が行われていた。 未沙葵が「たつみ演劇BOX」の芝居と舞踊ショーを観たときの衝撃は、今までに経験したことのないものだった。 そこには宝塚歌劇団とは違った魅力を感じた。

その後も何回か「たつみ演劇BOX」を観に行った。 本気で「たつみ演劇BOX」に入団したいと思ったほどである。

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