木戸番のエッセイ・天職先は大衆演劇!第32回英昇龍編前編~優伎座~
大衆演劇の劇団の多くは座長とその家族で構成されている。 役者の家系に生まれた、いわゆる幕内の人間が過半数を占める中、一般家庭から役者になった人もいる。 何がきっかけでこの世界と出会い、日々過ごしているのだろうか? 劇場オープンから8年、木戸番兼劇団のお世話係を務めてきた著者が綴る実録エッセイ。 第32回は優伎座(ゆうきざ) 英昇龍(はなふさ・しょうりゅう)編・前編です!
はじめに
劇団にとっても、劇場・センターにとっても「千秋楽は忙しい日」である。 役者にしてみれば、1ヶ月お世話になったお客様との別れの時であるので、感傷にも浸りたいが、次のダンドリを考えると、そんな感情はぶっ飛ぶ。とにかく、荷物だ。
現在いる劇場やセンターから、次の目的地までトラックで大衆演劇の商売道具のすべてを運ぶ日である。劇団員が一丸となり、応援のアルバイトも一緒になって、一心不乱、この引っ越しに臨むのである。
ある中堅の女優が、私にいった。 「小野ちゃん、この荷物さえなかったら、舞台は好きやし、女優ってホントにいい仕事なのにね。」とポパイのような腕を見せつける。
たしかにその力こぶは、女優の二の腕ではなく、アスリートのそれであった。 時間は限られている、次の劇団がそこまで来ているのである。
逆にいえば、一刻も早く次の劇場やセンターに入って、楽屋で荷物をばらし、宿舎を生活のしやすい形にし、舞台には照明、音響などを整えて、初日の上演に備えたいのである。
乗り込み先の新しい劇場では、そんな仕事も待っているのである。
劇団を受け入れる「あがりゃんせ劇場」のような立場も忙しい。
前にいた劇団の痕跡を残さぬように、片付けるのである。新しい劇団が、新たな気持ちで、気持ちよく仕事ができるようにである。 劇団のポスターを貼り、連名表や外題も張り出す。
そんな作業をあがりゃんせ劇場の受付でやっていた時である。
その連名表に慣れぬモノを発見した。名前の前にある肩書きである。
座長、副座長、若座長、エース、そこで、私の思考がストップした。なんだ、エースって! ジャイアンツのエースは菅野でタイガースのエースは青柳であるが、エースの次には、菅野や青柳ではなく、英昇龍とある。この役者が投げるのか?
気の早い劇団ファンが、この「連名表」を写真に納めている。
聞いてみた。
「エース」は、ピッチャーなの?
そんなことも知らないのと言った顔つきで
「違います、よ。この方は、サッカーの選手だったのよ」
「優秀なサッカー選手だったの?」
「そうそう、ファンタ、フェンタ……」
「ファンタジスタ」
「そうそう、それも、不遇のファンタジスタ!」
なぜ、サッカーのファンタジスタが、それも不遇の選手だったのか……。 それが今、なぜ大衆演劇で芝居をし、踊っているのか。
今回は「優伎座」のエース、英 昇龍(はなふさ しょうりゅう)をご紹介しよう。