KANGEKI2022年3月号Vol.66
木戸番のエッセイ・天職先は大衆演劇!第13回真珀達也~三桝屋座長~後編(2/4)
デビューは、広島県の世羅郡にある「せら温泉」であった。 座長は達也に言った。
「なあ、達也よ。何かできることがあるのか」
「はい。歌が歌えます。」
「ほう。じゃ、歌ってこい!」
意気揚々と舞台に上がってみたが、手が震え、体中が緊張して、歌どころではない。なんとか終わって、楽屋に戻ったら、座長が怖い顔で「その緊張や失敗を忘れるなよ」と言ったが、その目は,穏やかであった。
当時は、市川市二郎劇団の団員が多くて、新人の役者には役がつかなかった。
新人の役者は、いかにも新人のための登龍門的な役が続く。
たとえば、やくざの子分その1とか、捕り手Aとかである。
そんな役を懸命にこなしていると、徐々に役がついてくるのである。たまの二枚目や 台詞のある役である。
地道な努力をしている達也を、神は見放すことはなかった。
先輩の役者達が、流行っているインフルエンザで、みんな動けなくなって寝込んでしまった。 そこで、インフルエンザにかかってない役者と若手で、芝居をすることになった。 できる芝居は限られているが、みんなで一生懸命にがんばった。なんとか、爪痕を残したかったのである。
達也は考えた。こんなアクシデントはいつくるか、まったくわからない。どんなことが起きてもいいように、日々真剣に稽古をしよう。
それからは、人がいてもいなくても稽古に励んだ。必死の稽古だった。