KANGEKI2021年10月号Vol.62

木戸番のエッセイ・天職先は大衆演劇!第9回美川宇宙~劇団美川~

劇場:スパリゾート雄琴 あがりゃんせ
木戸番のエッセイ・天職先は大衆演劇! 第9回 美川宇宙 ~劇団美川~

大衆演劇の劇団の多くは座長とその家族で構成されている。 役者の家系に生まれた、いわゆる幕内の人間が過半数を占める中、一般家庭から役者になった人もいる。 何がきっかけでこの世界と出会い、日々過ごしているのだろうか? 劇場オープンから5年、木戸番兼劇団のお世話係を務めてきた著者が綴る実録エッセイ。 第9回は劇団美川、美川宇宙編です!

はじめに

 夏休みのせいか、コロナ禍にもかかわらず、お客様がやけに多い8月初旬のある日、 大衆演劇の受付をしていると私の携帯電話が机の上で振動している。

 電話に出てみると、大衆演劇の専門誌から9月の劇団の問い合せである。 電話口では、あがりゃんせ劇場の9月は、「劇団美川」ですね」という。
私の認識は違った。 いいえ、こちらの理解では「千代丸劇団」ですよ。
らちが明かない。
そのあと、劇団同志とのやりとりがあったようで、結局は9月の公演劇団は「千代丸劇団」と「劇団美川」の合同公演に落ち着いた。

  ※

しかし、あがりゃんせ劇場では合同公演は初めての経験だったので、私も困惑した。 宿舎の件、食事の件、楽屋の件など、うまくいくのか。

そこで、あがりゃんせ劇場に8月に乗っていた、満劇団の太夫元の大日方満に相談した。太夫元は、私の大衆演劇全般の先生であり、相談役でもある。私にとっては、大衆演劇のグーグルである太夫元の答えは。

「千代劇団」と「劇団美川」か? 大丈夫や。紀久二郎と麗士は、大の友達で、芸も生活もうまくいく。

それを聞いて、私は安堵した。

スパリゾート雄琴あがりゃんせ

大衆演劇の劇団は、自らが組織する組合に「親交会」がある。 現在は、たくさんの組合組織があるが、10年ほど前には「関西大衆演劇親交会」があっただけだったと聞く。

その「親交会」も節目節目で会長が変わる。次期の会長の選出のために若手中堅が動いた。若手中堅は、ある大物役者に会長就任の お願いにいったが、残念なことに断られた。 その若手中堅とは、里見要二郎、美川麗士と澤村紀久二郎であった。

ただ、会長の席が空席では組織としてはありえない。

そこで、急遽、選挙になった。結果、会長に選ばれたのは里見要次郎であった。 そこで、新会長のバックアップにまわったのが、美川麗士と澤村紀久二郎である。 その苦労の間に、二人には、信頼と友情が芽生えた。

美川麗士みかわ れいじ
澤村紀久二郎さわむら きくじろう

澤村紀久二郎が太夫元を務める「千代丸劇団」は、あがりゃんせ劇場では常連の劇団であるが、 劇団「美川」は、初めて乗ることになる。

現在の総座長の美川麗士は二代目で、先代である父親の美川竜二は、美里英二の弟である。 昭和35年前後に大衆演劇の人気を頂点におしあげた、あきちゃん(大日方満)、えいちゃん(美里英二)さんちゃん(浪花三之助)のひとりで、関西の玉三郎といわれるほど、人気のある役者であった。

その弟である先代の美川竜二は、初代の大川竜之助の妹と結婚していて、大川竜之助を敬愛していた。そこで、自分の名前を決める時に、美里英二の美と大川竜之助の川をとって、「美川」としたと、伝え聞いている。

まさに、木下藤吉郎が、長浜城の城主になったときに、織田信長の家臣であった丹羽長秀と柴田勝家から、一字をいただいて、羽柴秀吉に名乗ったことを思い出す。