木戸番のエッセイ・天職先は大衆演劇!第34回葉山花凛編前編~嵐瞳劇~(4/4)

Ⅱ
授業のカリキュラムを順調にこなし、パティシエの道を歩いていた夏の午後のこと。休み時間、窓ごしに見た、道路をはさんだ真正面にある雑居ビルに、人だかりができている。
それは、大衆演劇の劇団が行っている「送り出し」であったが、そのころの桜には大衆演劇もましてや「送り出し」なども分からなかった。
そのビルには「松山劇場」が入っていて、大衆演劇の「下町かぶき組 劇団悠」が乗っていた。毎日通っていた道だが、今の今まで劇場の存在に全く気づかなかった。改めて見てみると、ビルの入り口にはノボリもあるし、劇場の名前なども大きく書いてある。
役者が手をふり「こちらにおいで」と言っているように思えた。早速、友達と一緒にビルまで行った。 「送り出し」に混ざって、役者と挨拶をすると、なんともいえない、いい気分であった。 それから桜は松井悠が座長を務める「下町かぶき組劇団悠」に夢中になり、いつしか「追っかけ」となった。 松山はもちろん広島から大阪まで追っかけた。
劇団の追っかけをしている間に「大衆演劇」そのものの魅力にはまり、女優になりたいという思いが強くなり、遂に「下町かぶき組」の門を叩く。
入団は認められたが、劇団悠ではなく、「劇団岬一家」に配属された。 下町かぶき組は一般の大衆演劇の劇団とは違い、株式会社という形で動いていて、数個の劇団を抱えていたのだ。
そこで大衆演劇の基本中の基本、化粧・着物・鬘などのほか、幕内のしきたりなど、女優としての修業をさせてもらう。 19歳になった桜は、平成29年の5月に和歌山の吉宗劇場で初舞台も踏 んでいる。
座長や先輩の役者や女優からは、やさしく、あるときは厳しく指導してもら った。まだ半年の新米女優であったが、大衆演劇に身をおく中で 「新しいなにか」を求めるようになっていた。その思いはつのり、違う劇団で「新しいなにか」を発見したくなり、会社に申し出た。 会社はすぐに対応してくれて、一人の役者・高橋茂紀を紹介した。
株式会社「下町かぶき組」は、他の劇団にはない、いろんな取り組みをしていた。そのひとつ、年に数回、座長以外の役者が座頭となる「責任公演」を行っていた。 今回の「責任公演」を、会社が指名した高橋茂紀が担った。
参加して、素敵な仲間(役者)と知りあい、勉強になったが、桜の求める「新しいなにか」はなかった。大衆演劇から離れ、コンビニのアルバイトをしながら「新しいなにか」について考えていた。
そんなときである。普段からチェックしていたSNSに、旗揚げを希望している劇団を発見した。たつみ演劇BOXから独立した「嵐山瞳太郎」が、旗揚げをするために役者を募集していたのである。
ここなら「新しいなにか」を発見できるかもしれない。桜の直感であった。(続く)
プロフィール

小野直人
生年月日 | 1953年 |
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1953年 滋賀県大津市生まれ。日本大学・農獣医学部卒業。
小野牧場オーナー、総合学習塾 啓数塾塾長、構成作家(テレビ、ラジオ)を経て、現在は、あがりゃんせ劇場の木戸番として、多くの大衆演劇の劇団や幅白い大衆演劇のファンと交流をもつ。「KANGEKI」で「木戸番のエッセイ」を連載中。
劇団情報
嵐瞳劇
2017年3月、和歌山県の南紀勝浦天満座で「嵐山瞳太郎劇団」として旗揚げした気鋭の劇団。師匠二代目森川長二郎(現・二代目梅澤秀峰)から学んだ技芸を大切にしながら、一から立ち上げた劇団ならではのチャレンジ精神で、創意工夫を凝らし、楽しい舞台づくりに奮闘。座長のもとに集まった新人座員の成長も著しい。2021年12月より「嵐瞳劇」に改名。
劇場情報
スパリゾート雄琴 あがりゃんせ
滋賀県大津市苗鹿3丁目9-5