KANGEKI2021年8月号Vol.60

木戸番のエッセイ・天職先は大衆演劇!第7回錦はやと~劇団錦座長~(後編4/4)

木戸番のエッセイ・天職先は大衆演劇! 第7回 錦はやと ~劇団錦座長~ (後編 4/4)

はやとは28歳になっていた。 約束の3年が過ぎた。 はやとは「劇団錦」の旗揚げを果たし、コースも決まり、いよいよ劇団の活動がスタートするときに、まさみの母親に報告に行った。

「いよいよ劇団もでき、子供も3歳になり、座長として挨拶に来ました。なんとか、まさみの勘当を解いていただけませんか。」

母親は、笑顔で迎えてくれた。だか、その目は笑っていなかった。

「わかりました。実は娘はつらい現実に泣いて帰ってくると思っていました。 しかし、あなたは娘と協力して期限どおりに劇団をつくり、初孫まで見せてくれた。 あなたはがんばった。ベストを尽くした。ここにご褒美を用意しました。受け取ってください。」

そこには自分が劇団を作るために用意した準備金、それ以上の大金があった。
母親は続けた。「でも、これからが勝負ですよ。」

母親が言う通り、世間は親が役者でもないものが劇団を持っても、もって1年2年。自然につぶれるといわれた。

そんな噂に耐えながら、死にもの狂いで芝居をし、踊って、歌った。 そこに、もともと裏方だったOLのまさみが女優デビューをする。まさみは「錦みやび」となり、錦はやと、みやび、カムイのファミリー劇団の基礎ができた。

そこから、20年、劇団員がどんどん増える。

令和3年の4月には、20人の大所帯である。 昔から子はかすがいと言われているが、かつて「はやと」と「みやび」との間にも、冷たい風が吹きた時代もあったが、その危機を救ったのはカムイであり、これから先も劇団錦の命運も、カムイにあるというのは、言いすぎであろうか?

若座長 カムイ☆龍虎

筆者はいろんな劇団の花形(若手リーダー)をみてきたが、久しぶりの逸材の登場であると感じている。 彼は明らかに違う。

そのカムイは、毎朝、劇場を使って劇団員の為に稽古をしている。中には小学生や中学生もいる。入団して間もない役者もいる。

カムイに訊いてみた。

「踊りに慣れていない人に教えるのは大変やね。」
「まずは劇団の技術の底上げをして、一人一人の個性をのばしますよ。なんせお客様からお金をいただいてますからね…」

また、錦はやとの波乱万丈の役者人生も、まだまだ終わりをみせない。
筆者が、座長との談笑の中。
「また新しいことを企んでいるのですか?」
「はい。今度この劇場にお邪魔する時には、韓国に伝わるすごい太鼓をご披露しましょう。これは日本一、日本一ですよ」 といたずらっ子のように笑った。

彼こそ、ホテルマンで築かったホスピタリティと「一隅を照らす」精神をその人生を通じて実践していると、筆者はつくづく思った。

左よりカムイ☆龍虎、錦はやと

プロフィール

小野直人

小野直人おの なおと

生年月日 1953年

1953年 滋賀県大津市生まれ。日本大学・農獣医学部卒業。
小野牧場オーナー、総合学習塾 啓数塾塾長、構成作家(テレビ、ラジオ)を経て、現在は、あがりゃんせ劇場の木戸番として、多くの大衆演劇の劇団や幅白い大衆演劇のファンと交流をもつ。「KANGEKI」で「木戸番のエッセイ」を連載中。

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