木戸番のエッセイ・天職先は大衆演劇!第27回愛染菊也~劇団紫吹~後編
大衆演劇の劇団の多くは座長とその家族で構成されている。 役者の家系に生まれた、いわゆる幕内の人間が過半数を占める中、一般家庭から役者になった人もいる。 何がきっかけでこの世界と出会い、日々過ごしているのだろうか? 劇場オープンから6年、木戸番兼劇団のお世話係を務めてきた著者が綴る実録エッセイ。 第27回は愛染菊也(あいぞめ きくや)(劇団紫吹)編・後編です!
Ⅱ
長いようで 短いのが1年である。
1年間の合同公演がおわり、「若葉劇団」が去った。 劇団の雰囲気も変わったが、浩輝の心境にも大きな変化が起きた。
心を占めたのが「役者をやめたい。」という思い。 16歳の夏である。
劇団をやめると、劇団しか知らない「役者くずれ」の浩之には、就職先どころか、まともなバイトもなかった。 2、3月もすると、「役者に戻りたい」という気持ちがもち上がってくる。
さすがに劇団「新」には戻れない。そんな時、足が向いたのが合同公演でお世話になった「若葉劇団」であった。「若葉劇団」に相談にいったところ、劇団「新」との筋を通せば「若葉劇団」では入団を認めてくれるということである。
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そして、浩之は「若葉劇団」に入団を果たす。 ところが劇団が変われば様々なことが変わる。 生活も芝居も名前も変わる。浩之も「愛染菊也」になった。
しかし、若葉劇団の芝居の稽古はつらかった。菊也には、尋常ではないほどつらかった。 そして、逃げた。2回目のドロンである。 今度は1年半ほど舞台から遠ざかった。大衆演劇とはまったく違う仕事についていた。 しかし、浩之の心の奥底では、あの芝居の興奮、舞踊ショーの喝采を忘れることはなかた。もう無理な話。あきらめよう。と自分に言いきかせた。
ところが「大衆演劇」の神様は、浩之を見捨てなかった。
天気のいい、すがすがしい日の朝だった。仕事に行くために浩之は街を歩いていると、「若葉劇団」という名前が目に飛び込んできた。 なんと浩之の住んでいる街で「若葉劇団」の公演がされるのである。
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もちろん「若葉劇団」とは、ドロンしたきりだったので、浩之は思い切って、劇団にあいさつに行って、詫びた。必死で詫びた。その詫びている姿勢が劇団の幹部には真摯な態度と映ったのか「若葉劇団」の夜の舞台には、役者としての浩之の姿があった。 これを機に、浩之は役者モードに入っていったが、いまさら、どの面さげて、役者をやりたいといえるものか!? 浩之は困った。
その時、浩之の気持ちを察してくれて、背中を押してくれたのが「若葉劇団」の愛 洋之介(現・劇団紫吹 座長 紫吹洋之介)であった。