舞台裏の匠たち第2回その人を「日本一」と思って映しています橘劇団照明担当岡本健一さん
橘劇団を観に行くと、常連・初見を問わず、どのお客さんにもニコニコと接してくれる照明さんがいます。岡本健一(おかもと・けんいち)さんは、その人柄から「岡ちゃん」「健ちゃん」と親しまれている人気者です。
その正確な照明技術にも定評あり。橘大五郎座長も「照明のフィーリングがすごい」と大きな信頼を置きます。
「橘劇団が大好き」という岡本さんの、照明のこだわりと、劇団やお客さんへの愛を伺いました。
きっかけは積み込みのバイト
どんなご縁で橘劇団に?
もともとは6年前、劇団の移動の際に、トラックに荷物を積み込むバイトで来ました。箕面スパーガーデンから池田呉服座への移動でしたね。前やってた仕事を辞めたところだったので、たまたま人から言われて。
それまでの人生で大衆演劇を観たことはありましたか。
いや、まったくなかったです(笑)。当時、橘劇団に自分の知り合いがいたんですよ。フリーの役者で、ゲストっていうような形で。その人から、何もしてないんだったら一緒に回らんか?みたいに声をかけてもらって。総座長(橘菊太郎)も『おお、一緒に回ったらええやないか』って言ってくれたので、じゃあ一緒に回りますって答えました。
僕は大阪から出たことがなかったので、このまま大阪にいるのもなぁと思って。最初は照明としてではなく、総座長の運転手として入りました。
そして池田呉服座公演から参加されたと。
はい。その次の月は千葉の、九十九里太陽の里に行きました。
一般の生活から、いきなり1ヶ月ほぼ毎日公演する生活になって、ハードに感じられませんでしたか?
のんびりするより、動いてるほうが良いんですよ。もともと、せかせかした性格なんで(笑)。
劇団に入って最初に学んだことは、休演日も休みじゃないんだなっていうことですね。色んな用事もありますし、舞台がやってないっていうだけ。役者さんたちは他の劇団にゲストも行きますし、僕もお休みの日にしかできない用事があったり。忙しいのは、全然苦ではないです!
“絶対うまくなってやろう”
最初は運転手としての入団でしたが、なぜ照明をすることになったのでしょう。
九十九里に行って半月もしない間に、前の照明さんが辞められたんです。総座長に言ったら、『お前が照明をやりなさい』って。それを三代目座長(橘大五郎)にお伝えしたら、『お願いします』ってことで、僕が照明をやらせてもらうようになりました。
それまで照明器具に触ったりはしていたんですか。
触ったことないです(笑)。
本当に突然言われたんですね!最初は大変だったのでは?
そうですね、照明のつけ方自体は前の照明さんから教えてもらっていたんですけど、最初は思うようにできないことが悔しくて。『絶対上手くなってやろう』と思いました。
その中でも特に難しいと感じられたことは。
うちの劇団の照明って変わってて、総座長や座長からの指示がないんですよ。
そうなんですか?!
お芝居でこういう場面はこうっていうおおまかな当て方があるだけで、明かりの大小とか、細かいことについては何も指示はくれません。最初は、この芝居はどうしたらいいですか?って聞いてましたね。
踊りに関しては、ほぼ何も指示がないです。だから僕が考えていいんですよ。
演者と観客の目線で考える
岡本さんの独創性の見せどころなんですね。
役者さんを格好良く見せたいですから、自分なりに考えます。それから、お客さんは何を求めてるかってことを知りたくて、お客さんに聞いて回りました。
たとえばカメラの好きなお客さんに直接聞いたり、お客さんのインスタを見たりして、どういった写真を上げているかってところを見て勉強しました。お客さんが好んでる写真を見て、これを出すには照明はどうしたらいいか?っていうことを考えるんです。だからお客さんの目で見ていますね。
あと、演じている役者さんが、気持ちいいなって思える照明を当てたいです。
それも、役者さんに聞くのでしょうか。
舞台のあとで聞きに行くんです。『座長、今日の照明どうでした?』『気持ちよかった』。こう言われたときは嬉しいですね!
演者の目線やお客さんの目線で、常に自分の照明を良くしようとしているんですね。
僕が一番思うのは、その演者さんが照明さんを惚れさせなきゃダメだなと思いますね。僕が映している間は、その人を『日本一』だと思って映しているんです。これはインタビューだから言うわけではなくて、ほんとに!お客さんにも、僕はこのまま言ってます。三代目座長、総座長、副座長、若手、ゲストさんに至るまで、僕が映している間は、その人が『日本一』です。
僕は橘劇団が大好きです。逆に言えば、他の劇団にはまったく興味がない。座長が日本一だと思うから、僕が当てている照明も日本一の照明になるんです。そう思ってやっています。
舞踊の照明には、色をつけたりもされるのでしょうか。
いえ、舞踊でお面を着けたりするとき以外は、僕は色をあまり使わないです。踊りっていうものに、色はいらないんじゃないかと思って。シンプルが一番見やすいって考えですね。あんまり光を絞ることもしないです。なんでかっていうと、うちのお客さんは着物を見に来ている方が多いから。
僕は、鬘の先から着物の裾まで、全身で役者だと思うんです。照明さんによってそれぞれ考え方が違うから、顔を映してあげたいっていう方は絞ると思います。僕は体のライン全部で、役者であり、色気であり、演技であるって判断しています。
お芝居の照明はいかがでしょうか。
悲しい場面は、極力小さめに。明るいときは、少し大きめに。照明で、お芝居の感情が出せるんです。格好をつけて言うわけじゃないけど、照明って感性じゃないかなと思うんですよね。お芝居の照明は特に。
悲しい場面で煌々と照明がついてたら、悲しくないでしょう?だから消すときも、悲しいときはスーッと縮んでいくようにしたりします。そして、少しぼかした照明にします。ぼかさないと背景が強く映りすぎてしまって、背景が演者と同化しちゃうんです。
岡本さんの工夫は、すべてやりながら覚えてきたものなのでしょうか。
僕は全部独学です。先輩がすぐ辞めちゃったので、最初から一人でやってきました。普通は一人じゃなかなか使えないような大きい機材も、自分一人で動かしています。
でも、二人でやると、やっぱり意見が合わないことってあるじゃないですか。僕は一人だから、絶対に合う(笑)。二人じゃできないことを一人でします。
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