KANGEKI2022年7月号Vol.70

舞台裏の匠たち第5回床山・丸床さん「床山は、人の記憶の中にしか残らない仕事だから」(4/5)

取材日:2022年4月10日
舞台裏の匠たち 第5回 床山・丸床さん 「床山は、人の記憶の中にしか残らない仕事だから」 (4/5)

上がり続ける鬘の値段と世界情勢

 

コロナ禍は、大衆演劇の世界も揺るがせましたが、床山さんの業界にも影響したのでしょうか。

丸床

コロナが始まってから、役者さんからの依頼は以前の半分くらいになっちゃったんじゃないかな。劇団さんに経済的な余裕があるときは、最初にお金をかけるのは鬘。でも厳しくなってくると、最初に絞りだすのも鬘。だから、いつもきれいな鬘を被っている劇団さんっていうのは、余裕があるんです。

 

その中で、丸床さんは、お得意の役者さんにサービスで、飾りを付けたりされていますよね。

常連のお客さんの高島田に、丸床さん自作のタッセルをサービス。丸床さんツイッターより
丸床

日頃ご贔屓にしてくださっている常連さんへの感謝の一環です。長く使っていただけるように、出来るだけのことはしてあげたいと思っています。鬘も高いですし、役者さんにしたら財産ですし、今は新規で作るのも大変ですから。良いことなのか悪いことなのか?わかりませんけど。

中国の経済発展が思ったより早かったんですよね。中国が経済発展すると、鬘を作るための人毛(じんもう)が不足します。

 

人毛ですか?

丸床

今までは、中国の農村地区の、その中でも決して豊かではない人たちが人毛を売って、生計を立てている構造があったんです。パーマもしてない、色も入れてない人毛。このおかげで、日本ではきれいな鬘を作れていました。

でも経済が発展すると、人毛を売るより働いたほうがお金になるじゃないですか。かつ、髪を染めたり、パーマをかけたりする人も増えました。必要な人毛がどんどん買えなくなって、人毛の値段がものすごい勢いで上がってきました。

 

従来の鬘市場は成り立たなくなりつつあるのですね。

丸床

昔、人毛屋さんがインドネシアの人毛を試したことがあります。でも、すごく柔らかい毛で、日本の鬘には向かなかった。

髪質は国によって全然違うので、中国から買うのが難しいからといって、他の国っていう風には切り替えられないものです。

 

ということは、私たちが舞台で観ている鬘も、みんなもともと中国の人の髪なんですね!

丸床

俺は、もともと誰かの髪だったからこそ、できる限り大切に扱いたいなっていう思いでやってます。でも、人毛は不足する一方ですね。毎年正月になると何が憂鬱かって、人毛屋さんからくるハガキ。『今年も値上がりします』って(笑)。

 

上がる一方ですか…。

丸床

もう、下がらない。下がる要因がない。

3年くらい前に、人毛屋さんにワイン色の毛を買いに行きました。あと、蓑毛を2~3本。俺の中では合計3万5千円くらいかなって考えてたら、7万いくらって言われて、最初、誰のこと言ってるのかな?と思いました。

いや、ワインの毛はこれぐらいの値段するんだよって人毛屋さんに言われて、『いや、こんな値段したらさ、業界で買ってくれる人いなくなるよ?』って話をしたの。

そしたら『こんなの序の口だよ。まだまだ上がるよ』って全然平気な顔して言われて、もうびっくりしちゃって。

 

実際、鬘の単価ってどのくらいの上がり方なのでしょう?

丸床

俺が床山になり始めた20年前は、女形の日本髪一枚で20万円前半ぐらいでした。今は30万円ぐらいするし、大手だったら35万。でも、今の情勢からするとしょうがないよねって。

しかも、これは止まらないからね。ウクライナで戦争が起きてるでしょ?これでそのうち中国まで制裁かけられたりしたら、人毛はほとんどアウトになって、日本に入ってこなくなるから。

 

世界情勢から、大衆演劇に繋がっているんですね!

丸床

そうです、全部繋がってる。鬘のケースだって中国製です。

 

私たちには不勉強ながら全然見えていなかったので、反省です。

丸床

この情勢では、俺だって値上げしたいけど、できないじゃない(笑)。役者さんは鬘が高すぎて、日々のメンテナンスのほうにお金かけなくなっちゃうし。

だけど鬘ってメンテナンスが大事なんですよ。日本髪だったら、年間で2回くらいは結い直しにかけないと、油切れします。油切れすると、ほつれ毛が出る。

ほつれ毛が切れると、切れた毛が他の毛を巻き込んで、また他の毛を引っ張って、どんどんほつれます。

 

その一方で、鬘に対する大衆演劇ファンの目は肥えてきています。劇場で、あの鬘はこの前も見た、などの声を聞くこともあります。

丸床

洋髪の色物を被ると、余計にそうなりやすいと思う。

カットや色が奇抜な鬘は、目立つけど、毎日は被れないでしょう。だから色物の鬘を被るのは、リスクもあるんです。次から次へと新しい鬘を用意しなきゃいけなくなる。

でも、つぶし島田は、毎日被ってても何も言われないでしょ。むしろ、日本髪は舞踊が上手い人が被ると、さらに上手く見えるものだからね。

丸床さんの結ったつぶし島田(春陽座・澤村愛夢さん)。丸床さんツイッターより

次ページ:床山という仕事

アトムプリント Tシャツなど各種衣類へのオリジナルプリント
アトムボックス 衣装ケース メイクボックス
役者さんにプレゼントしよう!劇団プレゼント 販促・舞台グッズ