木戸番のエッセイ・天職先は大衆演劇!第15回初音きらら~劇団あやめ花形~後編(2/3)
Ⅲ
ただ、薫は役者になりたい一心で、なんの経験も、知識もないまま、劇団にとびこんだ。 16歳の秋である。
その時の劇団には、座長の姫猿之助、千鳥、ひよこ、咲之阿国、それに、数人の男性の役者がいたが、当然のことだが、薫は、末席の身であった。
入団をしてからは、下働きにはじまり、化粧になじみ、着物を覚え、かつらになれ、徐々に芝居を覚えていった。 舞踊ショーでは出番もあったが何の個性もなかった。
他の団員は、個性的であった。 例えば、千鳥には歌があった。ひよこにはコスプレがある、阿国には、もちろん踊りがある。 しかし、自分には何もない。
劇団は、「あやめ」としてスタートしたが、世の中の評価はきびしかった。
座長を除くと、4人の女性だけである。「女だけで、何ができるのか」そんな中、ルートに乗れないことも経験した。つまり、劇場やセンターなど乗るところがないのである。
実際の「あやめ」の芝居や舞踊ショーも観たこともない連中に、残酷な仕打ちや心無い言葉を浴びせられることもあった きららはくやしかったが、実際、自分にはなにもできない。 それに一番くやしい思いをしているのは座長だということも、きららは知っていた。
そこで、座長について、必死で稽古をした。 座長は、辛抱強くきららを指導した。きららもくらいついていった。 高校からすぐに劇団に入ったので、社会人としての常識もないし、世の中の仕組みも知らない。 あいさつも行儀もすべてを座長からおそわった。
そんな稽古のなかで、座長は、ある考えがあった。 それは、きららを男にしてしまうということである。 座長は、きららのタッパに目を付けた。
きららは、背が高い。 劇団の事情もあって、座長はきららを「立ち役」にしたいとおもった。 そして、器械体操の経験を生かして、舞台で「バク転」をすることをすすめた。
それで、きららに、個性がでた。 大衆演劇の世界で、本格的な「バク転」ができる役者はいない。これで、個性的な役者としての立ち位置が見えてきた。
そして、22歳になった時に「花形」になっている。 ふつうの劇団は、若い男の役者が「花形」するが、それに負けないようにきららは、努力を続けた。