木戸番のエッセイ・天職先は大衆演劇!第20回舞咲碧士編~正舞座~(前編)
大衆演劇の劇団の多くは座長とその家族で構成されている。 役者の家系に生まれた、いわゆる幕内の人間が過半数を占める中、一般家庭から役者になった人もいる。 何がきっかけでこの世界と出会い、日々過ごしているのだろうか? 劇場オープンから6年、木戸番兼劇団のお世話係を務めてきた著者が綴る実録エッセイ。 第20回は舞咲碧士(まいさき・あおし)(正舞座)編・前編です!
はじめに
あがりゃんせ劇場では、大衆演劇の公演以外でも、期間ごとに、また季節ごとにいろんなイベントが予定され、開催されている。
話題の「純烈」がワンマンライブを開いて、歓声の中大成功に終わったことも記憶に新しいところ。
直近では、7月に天下一品グループが応援している男性ディオグループ「ゴールド&シルバー」のライブがおこなれたばかりである。
変わったところでは、劇場の一角をスタジオに見立てて、テレビの収録を行う時もある。
大概は、単発で終わることが多いが、長く続いている企画もある。
そのひとつに、毎週土曜日の午後6時からは「あがりゃんせ劇場」にのっている「大衆演劇」の劇団と歌手とのコラボショーがある。
歌手が歌ってその曲に併せて劇団が踊るのであるが、 その歌手が、なんと、天下一品グループの会長である「木村勉(きむら・つとむ)」である。
会長は、昭和10年生まれで、今年で87歳であり、来年はいよいよ「米寿」を迎える。 その会長の生きがいは、いくつかあるが、なんと言ってもいまだに「仕事」。そしてもう一つのいきがいが「カラオケ」なのである。
あがりゃんせ劇場のスタッフが、会長の「カラオケ」と当時のっていた劇団の踊りでコラボという形のイベントを考えたのは、平成29年だと記憶している。 今から6年前になる。
その間、会長は実にいろんな劇団とコラボを繰り返してきた。
この企画が始まった時は、会長自身も自分の歌に自信がなかったのか、こんなことを言っていた。
「わしは、歌がへたや。集まってきたお客さんに下手な歌を聴いていただいて申し訳ない」と、観客に、あがりゃんせの入場割引券を配ったものである。
そんな会長も、時を経て、歌の腕をあげてファンを増やしている。 あるファンは、会長の歌についてこんなことを言っている。
「会長の歌からは、元気をいただいている」
しかし、このイベントは、毎土曜日に定期的に開催される。 会長は所用で忙しいときもある。しかし、会長は「カラオケ」をこのコラボを休まない。
こんなときがあった。 会長は普段いたって元気であるが高齢である。たまには体調の悪い時もある。
そこで、会長付きのスタッフは、その日のイベントの中止を早々に決めた。 会長もその決定に従った。その日のイベントは会長の歌は中止し、ゲスト歌手を交えて会長のカラオケ仲間が自慢の歌を披露した。 結局、劇場の観客は盛り上がった。
この盛り上がりを見ていた会長は、スタッフに「わしも、歌う」と言い出したのである。 もちろん、スタッフは止める。しかし、カラオケ好きの会長には、もう人のいうことなど耳にはいらない。
いつのまにか体の調子も戻ってきている。 結局3曲も歌ったわけである。 人というものは好きなことはどうにもやめられないようである。
※
ひるがえって、大衆演劇の役者にも、歌好きは多い。 大概は、舞踊ショーの中で座長が『演歌』を披露する。歌がうまい座長も多いが、そうでもない座長もいる。が、そこは愛嬌である。
さて、今回このコーナーでご紹介するのは、とんでもない歌唱力をもった女優である。
その女優は、演歌を披露するのではなく、真逆のミュージカルに使われているナンバーや、ディズニー映画のテーマソング、また宝塚歌劇団の持ち歌を熱唱する。 彼女が歌うと、劇場が水を打ったかのように静かになり、曲が終わると、拍手をどよめきに包まれる。
さて、その女優とはだれか?
その女優は「正舞座」の舞咲碧士(まいさき・あおし)である。女優としては4年目であるが、歌手歴は長い。 今回はそんな歌姫のお話である。