木戸番のエッセイ・天職先は大衆演劇!第7回錦はやと~劇団錦座長~(後編)
大衆演劇の劇団の多くは座長とその家族で構成されている。
役者の家系に生まれた、いわゆる幕内の人間が過半数を占める中、一般家庭から役者になった人もいる。
何がきっかけでこの世界と出会い、日々過ごしているのだろうか?
劇場オープンから5年、木戸番兼劇団のお世話係を務めてきた著者が綴る実録エッセイ。
第7回は劇団錦 座長錦はやと(にしき はやと)編の後編です!
Ⅰ
劇団に入って3年が過ぎた時、博行にも芸に対するスランプが訪れる。どうしても、自分の芝居や踊りに納得がいかないのである。もちろん、そんな苦しみは、傍目にはわからない。 そんな時でも、ファンはやってくるし、不思議と増えることもある。
その中に、最近よくやってくる女性がいた。 お見送りで、話してみると、彼女はOLであるという。博行好みの美人であったので、博行も打ち解けた。そのOLこそ、後に博行の妻になる、まさみであった。
博行とまさみ、若い二人が恋に落ちるのに時間はかからなかった。
しかし、付き合いが深まると将来をみすえることになる。つまり、結婚である。 結婚に障害はつきものである。博行の場合、その障害はなんと、まさみの母親であった。 「まさみ」は、母親の宝であった。その母親は、たくさんの資産をもつ実業家である。 いわゆる、やり手のゴッドマザーである。おまけに大衆演劇のファンで、造詣も深い。
大衆演劇の役者についてはその素晴らしさも知っているが、また逆に役者の持っている素行の悪さについても熟知している女性であった。
ひと昔の大衆演劇の役者は、身勝手な性格と、常識はずれの生活で変人扱いされたらしい。 いわゆる「飲む・打つ・買う」をくりかえす、役者の女房族には、どうしようもない夫のように、母親は、信じていた。
そんなところにまさみを嫁がせるわけにはいかない。大反対である。 ところが、母親の博行に対する印象は不思議と悪くはなかったのである。ただ、役者という不安定な職業が嫌だった。
そこで、博行は考えて考えて、役者の道より「まさみ」を取った。 博行は役者としてのスランプも長く続いていたので、ここでふつうの仕事(?)につけば、まさみと結婚できると思っていた。
腕に職を付けようと板前を目指したが、自分の腕の未熟さや人間関係の不調和がわざわいして、3年でつぶれた。
悪い時は悪いことが重なるもので、仕事はなくなると、博行とまさみとの間にも冷たい風が吹き始めた。
2人ともこの恋を大切にしなかったが、神様は見放さなかった。
そのとき、まさみのお腹には子どもが出来ていたのである。今の若座長カムイである。