木戸番のエッセイ・天職先は大衆演劇!第5回咲之阿国編~劇団あやめ貴妃~(2/5)
Ⅰ
そして、もう一人、筆者が忘れられないおどりを披露する女優がいる。彼女こそが今回ご紹介したい役者、劇団あやめの咲之阿国(しょうの おくに 以後、阿国)である。
彼女もある種DNAの申し子であるが、大衆演劇ではない。
インタビューの際に、まずは年齢を聞いたが、答えてもらえなかった。
劇団あやめは、2021年・春現在には、座長をふくめて座員は5人である。 阿国は、こども(少年)からおばあちゃん(老人)までを演じる事になる。お客さんに年齢という先入観で見てほしくないということだ。腑に落ちた。
年齢がわからなくても、素顔がきれいな美人であるということは確かである。
阿国の実家は京都市に居をかまえる藤間流の舞踊の家系である。阿国の祖母が「藤間流」を流れをくむ家元であり、阿国が3代目である。「踊りのDNA」を感じずにはおられない。
もちろん、物心ついたときにはすでに「踊り」を始めていた。というより、始めさせられていたらしい。
藤間流の踊りは古典舞踊である。小唄、端唄、都々逸(どどいつ)の世界を踊るのである。 幼い頃の阿国にはさぞかし難解であったであろう、男と女の情念の世界を踊るのは…。
大人の世界にはいろんな道楽がある。お茶の道具の好きな人、車やバイクの好きな人、ジャズの好きな人、カラオケの好きな人、みんな趣味人であり、その道で粋をお極めている。
それが、地域となると、その地域の特徴を表すことになる。
有名な道楽というと、江戸(東京)の履き道楽、浪花(大阪)の食道楽。そして、阿国が育った京は、着道楽である。
京都の踊りのおっしょさんの家に生まれた阿国は、小学生でも年末には反物が届き、正月には晴れ着を着る。
春は裏地のついた袷、夏は普段はゆかた、お出かけには絽紗。秋になれば袷に戻り、帯や帯あげ、小物でセンスを競う。まさに「着道楽」である。
同じ京都でも、一般の女の子にはやはり着物は特別なものであるが、阿国にとっては着物は生活の中のルーティーンである。
例えば女の子の習い事でも、プール(水泳教室)やバレエ、ピアノ、日本舞踊などの稽古が、週に1回程度なら楽しみにもなるが、家に踊りのおっしょさんがいて、四六時中、踊り漬けでは…。
それに、そのおっしょさんも月謝をもらっている生徒さんは、ある種お客様だが、孫や子供だと稽古も容赦ない。
阿国も当時を振り返って言う「出来てあたりまえ、褒められた記憶にない」。 同級生がクラブ活動でジャージ姿で青春をしていても、阿国にはそのジャージがゆかたである。
しかし、そのような苦労が形になる。
中学生になると名取となり、藤間本家から名前をいただく。
阿国の家では、阿国を踊りのおっしょさんに育てるために、有名私立の中高一貫校に進学せて、国際人をめざしたいという本人の意思を尊重して、英語の家庭教師をつけ、カナダに1か月間留学させ、後継者の育成の為に家をあげて努めてきた。
結果「三代目のおっしょさん誕生計画」は順調に進んできて、家人としてはまずは一安心したであろう。 その事件が起こるまでは・・・。