KANGEKI2021年5月号Vol.58
木戸番のエッセイ・天職先は大衆演劇!第5回咲之阿国編~劇団あやめ貴妃~(3/5)
Ⅱ
その事件が起こったのは、10年ほど前の事である。
阿国は、踊りのおねいさん達、いわゆる先輩達に、ある役者の単独ライブにさそわれて、大阪は「ワッハ上方」の前に立った。
そこには「姫猿之助」とある。 当時、姫猿之助は九州の名門劇団「花車」に属していた。猿之助の祖父は姫川竜之助、父は京之助であり、姫川竜之助の孫としてしっかり大衆演劇のDNAを受けついている。
訝しげなまなざしの阿国に「これも勉強ね」とおねいさんは、ニコッとした。 このお勉強が、阿国の実家(母&祖母)を巻きこんだ大事件になるとは、だれも想像できなかった。
ライブ会場で見たものは、熱気に満ちた「踊り」であった。しかし自分の知っている、慣れ親しんでいる「踊り」とはちがうものであった。 踊っているのは「姫猿之助」という役者。
幼いころからやっている「踊り」である。そのキャリアにはいささか自信も持っていた。
しかし、自分の踊りは内にむいての「踊り」であるのに対して、そこで見た「踊り」は、外に向けての、観客にみせる「踊り」である。つまりアピールする「踊り」であった。 一度で、魅了された。
その「姫猿之助」が、その場であたらしく劇団を旗揚げするので劇団員を募集すると発表したのである。 阿国の決断は早かった。その場で入団を決めたのである。
筆者は猿之助座長に尋ねた。 「阿国のような藤間流の名取りが入団したら、即戦力でピッチャーで4番でしょうね」
猿之助座長は「それがね、違うのですよ」と微笑み返した。