KANGEKI2021年10月号Vol.62

木戸番のエッセイ・天職先は大衆演劇!第9回美川宇宙~劇団美川~(2/4)

劇場:スパリゾート雄琴 あがりゃんせ
木戸番のエッセイ・天職先は大衆演劇! 第9回 美川宇宙 ~劇団美川~ (2/4)

さて、このコーナーは、腹からの役者を紹介するのではなく、一般の家庭から大衆演劇の役者になった人物を紹介しているが、今回ご紹介するのは美川劇団の美川宇宙(みかわ そら)である。 総座長、美川麗士の息子である。 それでは、このコーナーの意図にそぐわないのではないか。

しかし、そこに物語がある。

美川宇宙みかわ そら

美川宇宙は、平成5年、三重県の生まれである。役者になるまでは、古見聖也である。 聖也は、地元の小学校・中学校を卒業して、高校生になるが、その頃から、あこがれていた劇団に入団を決意し高校を中退する。それが現在も属している「劇団美川」である。

一般の家の子供が、大衆演劇にあこがれて入団するのは、大衆演劇のファンである家族 の影響が大きい。 聖也の場合も幼いころから、祖父や祖母に連れられて劇場やセンターで観劇をしていた。 そして、聖也の役者人生を決定的にしたのは、母親の有子の存在である。

プロのダンサーをしていた有子は、その明るい性格のために友達もたくさんいた。 その一人に、大衆演劇のファンの女性がいて、その女性の誘いもあって、当時、三重県四日市のあるユラックスに乗っていた「劇団美川」を観に行った。

有子は、洋のダンサーであったが、日本舞踊にも興味を持っていて、麗士の踊りに 魅力を感じた。 また、麗士のほうも、当時(20年前)は、演歌にあわせた日本舞踊が中心だったので、新しい取り組みとして、洋のダンスにも興味をもっていた。

そこで、二人は「おどり談義」に花がさき、おつきあいが始まり、有子は長男の聖也 と次男の聖世をつれて、麗士と結婚した。

当然、聖也と聖世は、劇団美川に入団して、美川聖也、美川聖世として、役者の下積みの経験がはじまった。しかし、美川聖世はしばらくして、劇団を離れることになり、7年間会社員として、聖也と別れて暮らすようになる。

その後、聖也は、劇団の事情を考慮して、改めて、劇団に聖世をよびもどした。 いまでは、聖世は、座長や聖也について、芸を一から勉強している。 そして、聖也は、二十歳になった時に、麗士から現在の「美川宇宙」をいただき、聖世は「美川乱牙」と名乗っている。