木戸番のエッセイ・天職先は大衆演劇!第10回寿かなた前編(4/4)
Ⅴ
恵は、長野県諏訪市にある看護学校に通い始めた。准看護師は、専門性を持たず広く オールマイティに学ぶ。 2年で卒業である。
1年目は、学科を中心に、教室で授業を受けるが、2年目からは、実習が中心になる。 人の命を預かる仕事なので、教官の指導は、とても厳しい。
その厳しさには、恵は平気だったが、ただ、学校に行きながら、自分の生活も維持していかなければならない。そこでバイトを2つ掛け持ちでやった。
1つは精神科の開業医、もう1つはデイサービスである。1週間を休みなく働いた。そんな生活が2年間続いた。看護の勉強とバイト、夢中で駆け抜けた看護学生の 時代だった。
学校から「卒業予定書」が看護師試験会場に送られている時に、恵は看護学校を晴れて卒業。看護師試験をうける。 一発合格!
いよいよ新米の准看護師の誕生である。 お世話になったデイサービスの会社に、1年間「お礼奉公」をして就職である。
勤務先はすぐに決まった。安曇野のある病院の人工透析科であった。 人工透析とは医療行為の一つで、腎臓の機能を人工的に代替することである。普通は「透析」と呼ばれている。
腎不全を患った患者が、尿毒症になるのを防止するには外的な手段で、血液の「老廃物除去」「電気分解維持」「水分量維持」を行う必要がある。その医療を行うのが恵の仕事である。
仕事を始めてみると、恵の看護師仲間での評価は良くはなく、辛辣な仲間に「恵はナースにはむいていない」と言われたこともあったが、周りのサポートでなんとか続いた。
腎臓に疾患のある患者に共通して言えることは、食べすぎや運動不足といった、長年の生活習慣が原因になることが多いので、恵は、患者に普段の生活についての注意をしながら、寄り添った。
そして、3年の月日が流れ、恵の身にとんでもないことが起きる。
さて、その時、恵はどうしたのか。
(次号に続く)
プロフィール
小野直人
生年月日 | 1953年 |
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1953年 滋賀県大津市生まれ。日本大学・農獣医学部卒業。
小野牧場オーナー、総合学習塾 啓数塾塾長、構成作家(テレビ、ラジオ)を経て、現在は、あがりゃんせ劇場の木戸番として、多くの大衆演劇の劇団や幅白い大衆演劇のファンと交流をもつ。「KANGEKI」で「木戸番のエッセイ」を連載中。
劇団情報
劇団寿
2013年8月、黒潮劇団に所属していた寿翔聖が、新潟県の三条東映にて旗揚げ。「お客様に笑顔になっていただきたい」をモットーとし、少人数ながら太鼓ショーやオリジナルのお芝居などバラエティ豊かな舞台を展開し、ファンをつかむ。2017年9月に寿美空が若座長襲名。こどもたちの成長にも期待がかかる。