舞台裏の匠たち第1回横浜・「あさひや」が生み出すオリジナル衣装
溝田佳恵 取締役・デザイナー
インタビュー
「起きてから寝るまでデザインのことを考えています」
役者さんの衣装へのこだわりは、特にデザインが人と被らないということを重視する方が多い印象です。
なのでなるべく、同じデザインの着物は二度と作らないようにしてます。
何百着と作られる中で、全部違うんですか?!
お客様はオリジナルのデザインを求めて、うちに来られていると思うので。どうしても似たものはあるかもしれないんですけど、それでも名前を変えたり、ちょっとした部分を変えたり、まったく同じものはないようにしています。
どういうところからアイディアが浮かぶのでしょう。
本当にいろんなものから、ヒントをもらっています。漫画だったり、歌舞伎もそうですし、ジャニーズだったり、ミラノコレクションとか。起きてから寝るまで、ずっとデザインのことを考えてますね(笑)。
役者さんやお客様からリクエストされるイメージを、どのようにデザインに落とし込んでいくのでしょうか。
普通の会話の中から、お客様がどういうものが欲しいのか、煮詰めていく感じです。だから、慣れ親しんだ役者さんの方が、早く決まることは決まるんですよ。打ち合わせしても、慣れている方だと10着決まるところが、初めて来た方はどうしても時間がかかるので、1着だけ決まることもあります。
最近は、この曲を踊りたいとか、曲からイメージを言われることも多いです。うちと取引のある役者さんや劇団さんなら、他にどういう着物を持っているかが分かりますし、どういう踊りをするかも分かっていて、イメージが沸きやすいのでご提案しやすいですね。初めての役者さんで、どんな踊りをするとかが分からないときは、その分、時間をかけます。
各劇団の踊りは、三吉演芸場に実際に観に行かれるんですか?
はい。
あさひやさんで作られた着物を披露される日に行かれるのでしょうか。
いえ、そうでなく、ふと観に行きます。行けるときに行って、どんな感じで着こなすのかなっていうのを見ます。舞台を観ないと、わからないですよね。この演目で使う着物って指定されることもありますし。
「役者さんたちに育てられて今があります」
溝田さんは清水社長の姉であり、子どもの頃から、着物に慣れ親しんでおられたと思います。お仕事としてはいつから関わられているんですか。
実は私、商人に生まれてきたので、サラリーマンの家庭に憧れていて、仕事を継ぐ気はなかったんです。お手伝いで販売とかに入ることはあっても、弟が社長になって継ぐと思っていたので。私は大学も工学部に進んで、設計事務所に入って設計コンサルタントの仕事をしていました。環境デザインとかをやっていて、デザイン系はデザイン系でも、全然違う仕事でした。
そこを辞めて、自宅を手伝うようになったのがきっかけです。私が入ってから、25年ぐらい経ちますね。
当時はまだ婦人服、ブティックのお店もやっていて、私は最初そっちを手伝っていたんです。呉服は母がやっていたんですが、大衆演劇の役者さんの依頼が増えて忙しくなってきたので、呉服のほうを手伝ってほしいと言われて来ました。
そして着物で、絵やデザインの腕が活きることになったんですね。
絵は小さい頃からずっと習っていて、好きでしたね。水彩画をやって、油絵もやって、カラーコーディネーターの資格も取って、洋裁も習いに行って、一通りのことはやりました。絵が好きだったら、着物の柄を描くのもやってみたら?と言われて、着物のデザインをやるようになりました。まだその当時は、正絹ばっかりでしたね。ポリエステルが増えてきたのは、本当に最近です。
難しい依頼もたくさんあったと思いますが、特に、これはどうしたらいいんだろう?と悩んだのはどなたの依頼ですか。
多分、大川良太郎さんですね。半端ないチャレンジ精神の方だと思います。なので、新しいデザインや変わったことをどんどん言われます。『それは難しいです』と言うと、いや、やれるかどうか分からないけど、とりあえずやるだけやってみて、とおっしゃいます。
そのオーダーに応えてこられたのがすごいですね!
頑張りましたね(笑)。一つ実現できると、これができるんだったらあれもできるんじゃない?と、また難題をリクエストしてこられます(笑)。ドレスのような着物などもできるようになったのは、良太郎さんのおかげです。たくさん失敗もしましたけど、良太郎さんには本当に育てていただきました。
他の役者さんではいかがでしょうか。
たくさんいらっしゃいますが、たとえば市川英儒さんですね。レースの着物とか、着物の下にズボンを履くとか、そういった着物は英儒さんが早くから着られていたんです。こういうのを作れない?という感じで、依頼していただきました。うちはやっぱり、役者さんたちに育てられた感じです。大衆演劇の役者さんがあって、今の『あさひや』があります。
これまで最もエッ?!と驚かれたオーダーは?
エッ?!っていうことだらけです(笑)。それを一つ一つやってきて、電飾とかもやれるようになりました。最初の頃なんか、感電死するんじゃないか、大丈夫?!って社長が心配していたり(笑)。今じゃ考えられないですね。
レース、ズボン、電飾…子どもの頃から呉服に接していた溝田さんにとっては、着物でそんなことをしていいの?というような、驚きもたくさんあったのではないでしょうか。
いえ、それはあんまりなかったです。もし自分が呉服の販売をずっとしてきたら、そうだったかもしれないんですけど、全然違う畑にいたので。呉服に関わる前は、洋服のファッションショーとかをやっていました。だから自分の中に、着物はこうっていう概念がなかったんですよ。
逆に、袖の形が普通と違ってもいいんじゃないのとか、決まりに乗っ取らなくても、出来上がりが着物のあの形になったらいいでしょ、みたいな感覚でした。洋裁の感覚で考えていたんですね。
なるほど、そこから形にとらわれない着物が生まれてきたんですね。インスタで拝見しましたが、劇団美山の里美たかし総座長のオリジナル足袋も、あさひやさんで作られていました。
ロゴをうちで作らせていただいたんですよ。あのロゴを気に入って下さって、色んなところで使って下さってます。総座長に『足袋が作れるようになったんですけど、どうですか?』って言ったら、ぜひ作ってと言っていただけたので。
様々な商品を作られていますが、従業員の人数は?
いまの従業員は、社長とか私を入れて20人くらいですね。ちょっとした劇団みたいです(笑)。
デザインを生み出す方がいて、仕立てる方がいて、まさに“劇団あさひや”が作品を作っているんですね!
お客様が喜ぶのが最高
今日のインタビューは、これからあさひやさんで着物を作ってみたいという方も読まれると思います。気になるお値段はいかほどなのでしょうか。
オリジナルデザインの立ち役ですと、ポリエステルで10万円くらいからです。もちろんラメだったり、生地質だったりで、どんどん値段は変わっていきます。裾引きは生地を使いますし、綿を入れたりする分、仕立てもかかるので、20万円くらいからですね。
最も高額な衣装って何ですか?
花魁ですね。染めだけではなくて、刺繡を入れることによって、150万円ぐらいになりますね。
基本的なことですが、着物の値段ってどうやって決まるのでしょう。
正絹ものだったら、反物の値段が決まっているので、そこに仕立て代や、胴裏(どうら)・八掛(はっかけ)とかの裏ものをプラスしていきます。
あと、役者さんが女形をする場合、本来は女の人が着る着物を男の人が着るので、反物がちょっと足りないじゃないですか。だから足りない部分を、はいで(つなぎ合わせて)長くするんです。
全然違う生地をはいでしまうと、そこの柄が合わなくなっちゃうんです。なるべく綺麗なものを見せたいので、近い生地をはいであげて、柄を描いたりもします。そういう作業がプラスアルファでかかってくるので、中にはあさひやは高いねっておっしゃる方もいます。
でも、妥協はしたくないんですよ。妥協すると必ず後悔します。それに、うちを贔屓にしてくれている役者さんやお客様にも失礼だと思うので。モットーとしては、妥協をしないで、良い品物をできるだけ安く提供できるようにと思っています。
お話を伺っていて、溝田さんが本当にいきいきと衣装デザインをされているのが伝わりました。
この仕事は楽しいです!苦労して、デザインして、形になって、それを役者さんが着られて、舞台でそれを見て、お客様が喜ばれてる姿を見るのが、一番好きです。
お客様からの『良かった』っていう声を聞くとき、何よりもこの仕事をやっていて良かったと思います。役者さんをより綺麗に見せたいですし、驚かせて差し上げたい。そういう気持ちで、お客様のお手伝いができるって最高だなと思いますね。
基本情報
株式会社あさひや
〒232-0023 横浜市南区白妙町1-3
電話番号: 045-231-0438
FAX番号: 045-261-9262