KANGEKI2022年7月号Vol.70

舞台裏の匠たち第5回床山・丸床さん「床山は、人の記憶の中にしか残らない仕事だから」(2/5)

取材日:2022年4月10日
舞台裏の匠たち 第5回 床山・丸床さん 「床山は、人の記憶の中にしか残らない仕事だから」 (2/5)

上手い人の鬘は、見たら誰が結ったかわかります

 

床山になられた、経歴から伺わせてください。

丸床

親父が時代劇好きだったから、ちっちゃい頃から時代劇を見てはいたけど、床山っていう仕事は知らなかったです。興味もなかった。

俺が大学受験のときに、親父がくも膜下出血で倒れちゃって。助かったんだけど、親父のことで受験勉強なんて全部吹っ飛んじゃったんです。

それで、ふらっと浪人生になって。そのとき出会った男の人が、たまたまヘアメイクをやってて、これは面白そうだなと。それに、サラリーマンは病気になっちゃったりすると、けっこう会社は冷たいんだなと。そしたら手に職だと思って、ヘアメイクの学校に行きました。

学校を卒業する頃、男の子で床山を募集してるっていう話が俺の所に来て。床山かぁ、知らない世界だし、でも時代劇嫌いじゃないから、まあ、いっかなって、床山の会社に入りました。

 

会社は大衆演劇ではなく、テレビや舞台の時代劇の鬘を結うところだったのでしょうか。

丸床

そうそう。入って、初っ端に気づいたのが、この世界は会社ごとに技術が違うってことです。

ここの会社はこういうやり方が得意とか、この会社はこういう技術を持ってるとか。その会社同士が、お互いに交流しないの。会社の技術だから見せないっていうのもあるんだけど、床山さんってやっぱり職人なので、みんなライバルなんです。

そのとき一番感じたのが、『ヤバい、これは同じ10年修行しても、すごい技術を持った10年の人もいれば、しょぼい10年の人もいる』ってこと。だから、3~4年ぐらいしたら会社を移ることにしようと。

 

床山の会社を渡り歩くと。

丸床

ほんとは、一つの会社に3~4年とかいると、ずっとそこにいたほうが楽なんですよ。先輩風吹かせられるし(笑)。

でも、技術的に上手い人と、下手な人の落差が激しい世界だっていうのを目の当たりにしたら、これは一つのところにずっといるのはマズいなと。

次の会社に移ると、また下っ端なんだけど、移動したからこそ、すごく技術が練られました。

いま俺がこうやって、どこにも所属せずに、誰にも文句言われることなく床山をやっていられるのって、そのとき身につけた技術が他の人と違うから。特に、歌舞伎まで知ってる床山って、そうはいないんでね。

 

歌舞伎にも関わっておられたのですね。

丸床

歌舞伎の床山の技術は、凄まじいです。すごいです。俺は歌舞伎に行く前に5~6年の経験があって、器用なほうだし、自分の技術は頭一個抜けてるなっていう自信があったんだけど、もうね、パキッて折られた(笑)。『お前のやってることなんて、おままごとと一緒』って言われて。

だけど、俺がずっと理解できなかったことを教えてもらったときに、そういうことだったのか~!って目からウロコなんてもんじゃなくて、もう目ん玉取り出して、洗ったみたいな(笑)。

歌舞伎の床山って一子相伝の技術なので、その深さが違うんですよね。

 

すごい衝撃を受けられたのですね。

丸床

あのね、床山さんにこの人がなったら良いだろうなあ、と思う人の条件って、ぶきっちょな人が良いんです。俺みたいに器用な人間はダメなんです。

 

不器用な人のほうが良い、とは?

丸床

最初にこうやりなさいって教わると、ぶきっちょな人はそれしかやらない。でも、器用な人ほど、こうやったほうが良いんじゃないかって工夫しようとするでしょ。

特に俺は、こうしたほうがいいんじゃないかって、色々試そうとする人間でした。でも、結局うまくいかなくて、最初のやり方に戻ってくるの(笑)。

先輩が俺を見てて、『鬘の結い込みの技術っていうものは百年近くあるのに、先輩方が突き詰めてきた技術を、お前ごときが変えられるわけないだろう』って言われたときに、なるほど、そりゃ、そうだと(笑)。

床山の技術は、動画も教科書もないし、人から教わるしかない。俺は当時の親方連中に、それこそ首根っこ押さえられて、鍛えられました。

俺は、年間で700~800枚を結い込みしてた時期もあったけど、その中でこれは上手いなぁっていう鬘は2~3枚あるかどうか。逆に上手い人の鬘は、どこどこ系列の何々さんが結ったっていうことまで、すぐわかります。

丸床さんの作業スペースより。たくさんの種類の櫛。
大きな結い櫛は特注で6寸半。「最近、一番大きいのでも6寸なんですけど私は6寸半で作って貰ってます」(丸床)

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