木戸番のエッセイ・天職先は大衆演劇!第5回咲之阿国編~劇団あやめ貴妃~(5/5)
Ⅳ
そこにはとんでもない落とし穴があった。 一番得意としていた「踊り」である。
古典舞踊と大衆演劇の踊りとは、根本的に違うのである。
幼いころから身についているものを、いきなりは変えられない。 座長の稽古の中でも、頭では理解し踊ろうとするが、かつて時間をかけて体で覚えたものが自然と出てしまう。自分の意志とは違って、変えられない。
座長の手取り足取りの稽古が続く。
「違う。さっきも言ったが足の向きが違う」 「顔の向きが違う。表情が違う」激しく檄が飛ぶ。 頭が混乱する。思考経路が分断される。 何がよくて何が悪いのが判断できなくなる。
そんな中でも、劇団あやめは5人で公演中である。舞台は待ってくれない。
阿国は『舞台で鍛えあげられる』 1年が過ぎる。でもうまくできない。気をぬくと涙が出る。
夜、月を見ただけで涙がでる。 帰るところはない。
2年が過ぎる。まだ、うまくできない。納得できない。
来る日も来る日も、阿国は、もがき、苦しんでいた。
そんな夜のことである。稽古の後、座長の一言が、ささった。
「阿国。君はいいものを持っている、がんばれ!」
この一言で、ガンバレた。これで、続けられた。
阿国は『舞台で鍛えあげられる』
『客の前で羽化が始まり、生まれ変り、羽根を広げる』
3年目の春であった。
時は流れて、2021年あがりゃんせ劇場。3月公演が行われている。 劇団あやめの座員5人が受付の前を頻繁にすれ違う。
受け付け前のテーブルにはチラシがある。
「ENNOSUKE`S GREATEST SHOW」 2021年12月29日12時からである。
このショウは、劇団あやめが大衆演劇の枠をこえてエンターテイメントをめざすと、座長は言う。
阿国も、苦労をかけた座長への恩返しのつもりで、懸命にこのショウの成功に向けて努力をしている。
筆者は、阿国に言ってみた。
「もうそろそろ実家のおかあさんも、わかってくれませんかね」
「わたしの踊りが本当にうまくなって、人に感動を与えることができたらわかってもらえますよ。わたしたちは、おなじ舞踊家ですから…」
おなじDNAが二重らせんを描いているのだから、きっとわかってもらえますよ。 咲之阿国さん。
木戸番のつぶやきから
プロフィール
小野直人
生年月日 | 1953年 |
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1953年 滋賀県大津市生まれ。日本大学・農獣医学部卒業。
小野牧場オーナー、総合学習塾 啓数塾塾長、構成作家(テレビ、ラジオ)を経て、現在は、あがりゃんせ劇場の木戸番として、多くの大衆演劇の劇団や幅白い大衆演劇のファンと交流をもつ。「KANGEKI」で「木戸番のエッセイ」を連載中。
劇団情報
劇団あやめ
平成23年(2011)旗揚げ。 座長の姫猿之助は劇団花車の姫京之助ゴッドの次男。 劇団花車時代より、自らデザインした斬新な衣装を次々と発表するなど異色の存在として注目を集め、2008年にはパリ・オペラ座での公演を成功させるなど、大衆演劇の枠を超えて活躍。 旗揚げ後は座長のもとに集まった座員と共に研鑽を積み、独自の舞台を繰り広げ、客を魅了する。