木戸番のエッセイ・天職先は大衆演劇!第12回真珀達也~三桝屋座長~前編
大衆演劇の劇団の多くは座長とその家族で構成されている。 役者の家系に生まれた、いわゆる幕内の人間が過半数を占める中、一般家庭から役者になった人もいる。 何がきっかけでこの世界と出会い、日々過ごしているのだろうか? 劇場オープンから5年、木戸番兼劇団のお世話係を務めてきた著者が綴る実録エッセイ。
第12回は三桝屋座長 真珀達也(ましろ たつや)編の前編です!
はじめに
このコロナ禍で一旦は落ち込んだ「あがりゃんせ」の入館者数ではあったが、11月に入ると、お客様のおはこびも順調に戻り、週末などはコロナ前と変わらない賑わいを見せている。
そんな「あがりゃんせ」だが、コロナ禍の前にはお客様に喜んでいただくためのイベントや各種のまつりなど、たくさんの催し物があった。
例えば、春には「桜まつり」、夏には「花火大会」「盆踊り大会」など定番のイベントではあったが、ちょっと趣が変わったところで、人気のあるものに年3回行われる「カレンダービンゴ」がある。
このビンゴは1ヶ月の間、毎日続くが、参加者はまずは「ビンゴカード」をもらい、その後、入店ごとに、カードにあるその日の場所に一個スタッフからスタンプを押してもらう。
スタンプが横に1列並ぶと「近江米」がゲットできる。縦に並ぶと「エステサロンの招待券」がゲットできるといった具合である。
全部並ぶと、あがりゃんせの隣のあるグループ会社の「ことゆう」というホテルで、ペアでの1泊招待券がもらえるという目玉もある。
なんやかんやで参加者には毎日来ると、 約3万円相当の収益(もうけ)が見込まれる、そんなイベントである。
一度「ビンゴ」にはまると、毎日あがりゃんせに来ることになる訳で、その労力たるや並ではない。
しかし、あがりゃんせは毎日来ても飽きない様な魅力的な施設なのである。 ビンゴ期間中に、あがりゃんせ劇場にもたくさんのお客様がくる。 これは、芝居と舞踊ショーとの間の休憩時間でのお客様同士も会話である。
「あがりゃんせに来ると忙しいわ。まずはお風呂に入って、サウナで10分、水風呂に入って、またサウナで10分、また水風呂に入るの。」
この繰り返しをして、身体が整うのである。
別の女性が言う。
「そのあとあがりゃんせ劇場を予約して、頭してもらう。(カットをしてもらうのである。) その時に顔ぞりもして、あがりゃんせ劇場に戻って、芝居を観る。」30分の休憩にマッサージチェアに行って肩もみ、あがりゃんせ劇場に戻って舞踊ショーを観る。
また別の女性が言う。
「ショーが終わったら、予約をしておいたお店に行って食事をするの。」 食事が終わるとサウナに行って、ロウリュウで熱い熱風で汗をかく。
お茶をしていると、あがりゃんせ劇場の夜の部のショーが始まる。 終わったら急いで岩盤浴に入って、30分間、己と向き合う。 シャワーを浴び、車で家まで帰るというのが、日課になってようである。
ほんとに分刻みで、ビンゴのお客様は忙しく動いている。
ある女性が、仲間にこんな提案をしている。
「このビンゴが終わったら、みんなで温泉でも行って骨休めしょうよ」 仲間も呼応して「そうしよう」というのである。
あがりゃんせは、本格的なしっかりした温泉である。これでは主客転倒である。
そんなやり取りを聞いて、私自身、苦笑を禁じ得なかったわけだが…。
あがりゃんせ劇場にあがる役者でも、最初から役者になろうという人物だけではない。
役者といえども、人生の中で、主客が転倒するのである。 ましてや「大衆演劇」の本場、九州にある名門劇団の座長にまでなった人物は、稀有な存在である。
今回ご紹介する役者は、創設100年を超える名門劇団「三桝屋」に19歳で入団して、2年後の21歳には花形になり、そして30歳では座長になった、まさに「大衆演劇」界の今太閤ばりのスピード出世をはたした、『真珀達也(ましろたつや)』。 その人をご紹介したい。