舞台裏の匠たち第3回朝日劇場裏方・古田貴栄さん勤続11年和んだ空気の裏方リーダー
朝日劇場(大阪市浪速区)の創立は1910年。開業から111年の歴史と伝統を誇ります。数多くの劇場がひしめき合う大阪でも、“朝日の檜舞台”は、劇団にとってもファンにとっても特別な位置づけです。
その舞台裏を支える裏方チームは、どんな人々なのでしょう?朝日劇場にKANGEKI取材を申し込んだところ、リーダーは古田貴栄(ふるたきえ)さんという女性だそう!
大衆演劇に出会った縁からこれまで、古田さんの裏方ライフを伺いました。
中学校では演劇部
いつから朝日劇場で働いているのでしょうか。
2010年ですね。その前はまったく別の仕事をしていました。
劇場で働こうと思ったきっかけは。
もともと中学校で演劇部に入っていたんですよ。演劇部は人数が少なかったんで、裏方をやりながら舞台に出たりしていました。
高校は夜間の高校に行って、部活をやっているとかなり遅い時間になっちゃうので、演劇はやらなかったんです。だからしばらく舞台から離れていたんですが、たまたま朝日劇場の募集広告を見て。演劇部のことを思い出して、ちょっと興味あるな、と思って来たのがきっかけです。
裏方とフロントを両方募集していたんですが、フロントは自分の性格的に合わないかもなぁ、と思って。人前に出て話すのが、どちらかというと苦手なほうなんです。中学校時代、舞台に出てるときは、そういう自分を無理やり押し殺しながら出てたんです(笑)。
役者より裏方のほうがお好きだったんですね。
好きでしたね。もう、表に出ると緊張しちゃって。気持ち的に思いっきり振り切れたときは良いんですけど、そうなるまでに時間がかかるんです。
それまでに大衆演劇を観たことはありましたか。
まったく、無かったんですよ。働き始めて一、二か月過ぎたとき、『役者さんの白粉ってこんなに塗るんや』って思ったのが印象的でしたね。
「気付いたら年数が長くなっていました」
最初は裏方の仕事をどのように覚えたのでしょう。
入った当初は先輩が、この時間帯はこれやって、その次はこれやって、っていう大まかな流れを教えてくれました。当時は手取り足取りというよりは、基本的には見て覚えてっていう感じでしたね。まったく名前を知らない道具を、いきなり集めてくれって言われたこともあります。『あれを取って来て』って(笑)。道具の裏に名前が書いてあるからって。
11年経った現在では、古田さんが一番先輩になるんですか?
はい、年数的には一番長いです。気付いたら長くなってたっていうだけで、そんなにしっかりしたリーダーではないかなと…(笑)。
今では後輩の皆さんに教える側の立場なんですね。
私が先輩のやり方を見て覚えたのと、似たようなところも残ってはいますけど、やっぱりわからないことは聞いてもらって、『じゃあこうしてね』っていう風に、しっかり教えるようにはしてるつもりです。私に教わるみんなはどう思ってるのかわからないんですけど、できるだけ丁寧に伝えます。
やり取りを拝見して、古田さんのような教え方だったら、皆さん、働きやすいだろうなと思いました!
いえいえ、教えるのが下手なんで、なかなか上手いこといかないです(笑)。
お仕事の中での楽しいこと、嬉しいことを教えてください。
劇団の皆さんは親身に、明るく接してくれるので、役者さんと話すのは楽しいですね。もちろん、こちらがダメな仕事をしてたら劇団さんにも怒られますけど、よっぽどでないと無いので、皆さん本当に優しいです。裏が失敗したっていうときも、『いいよ、夜の部があるから。夜が大丈夫だったらいいから』ってよく言ってくれます。
良い関係ですね。
良い人が多いですね。逆にこっちが申し訳なくなるぐらいです。すいませんー!って。役者さんの方が道具の名前もやっぱり詳しく知っているので、かなり教えてもらいました。
教わると、そういう道具もあるんだ、今度それも使えるかな、っていう風に考えることもできます。舞台を組むのに、完成したところを想像して、自分で図面を描いて、実際に舞台で綺麗に当てはまったときは嬉しいですね。自分の中のイメージと合ったなって思えるときは。
次の月になって劇団が替わると、裏方の仕事も変わるのでしょうか。
そうですね、雰囲気が一気にガラッと変わります。劇団それぞれのカラーがあって、決まり事もそれぞれの劇団さんで別です。また新しいやり方に慣れていくのは、ちょっと大変ですね。
大衆演劇の劇団は本当にカラーが豊かですが、古田さん自身も演劇をされていた視点から見ると、その幅広さもまた興味深いのでは?
面白いですよ。同じお芝居でも、ここの劇団さんはこういう結末だったのに、他の劇団だったら全然違う結末になるんだ!とか。お芝居の最後が違ったり、過程が違ったり、使われる背景・道具が全然違ったり。この劇団さんはこういう感じなんだっていうのを、横から見られるのは楽しいですね。
たしかに、同じ筋でも細かいところが違いますね。
そうそう、そして変えてるところは細かいんですけど、それだけで受け取る印象が全然違ったりして、そこがすごいなあと思いますね。劇団さんが持っているそれぞれのやり方は、全部すごいなと思います。
今後はデータベース化も
毎日道具が替わる舞台を、4人で作っているとなると、一人一人の力がすごく大きいですね。
そうなんですよ(笑)。
劇団さんと裏方の打ち合わせは、古田さんが中心で行っているのでしょうか。
基本的にはそうです。でも本当は、裏方の全員が打ち合わせできるようになるっていうのが理想で、そこを目指しています。誰が劇団さんと話しても、大丈夫なようにしたいですね。というのは人数が少ない分、一人お休みしたときに、誰かしら代わりができるようにしておかないと。
裏方チーム全員で動いているんですね。
たとえば、私はここにいる期間は長いんですけど、道具方としての歴は山田さんのほうが長くて、本当にベテランさんなんです。だから山田さんが打ち合わせしてくれることもありますね。
11年勤めてこられて、これからもっとやっていきたいことはありますか?
私はけっこうのんびりな性格で、のらりくらりでやってきたような気がします(笑)。ただ、今はまだアナログに頼っているところがあるので、そのあたりがデータ化できたらな、とは思いますね。
朝日劇場は20年前ぐらいまでのお芝居の図面が全部取ってあるんですが、昔のものはすべて手描きです。だから、紙がすごい大量にあるんです(笑)。
お芝居の図面は、今はパソコンで作られるんですか。
そうですね、新しい図面を作るときはパソコンです。その中には、紙の図面と被っているお芝居もあるんですよ。何年か前の紙の図面が残っていて、今年も同じお芝居をするっていう。そのあたりをもうどうにか整理しないとなぁって、私たちとしては思ってます。
紙の資料をデータベース化するということでしょうか。
はい、今、ちょっとずつデータ化していってるんです。大量なんで、少しずつです。ただ、一番すごいのは、それが頭に入っている座長さんたちですよね。私も何かしらのキーパーソンを与えられないと、絶対に内容が思い出せないです(笑)。だから覚えている座長さんたちは、本当にすごいんだなぁと日々思っています。
コメント
専務取締役 川本英嗣さん
裏方という仕事に興味を持ってもらえたら
古田さんの良い所は、いつも明るいところですね。にこにこして話しかけやすくて、劇団さんも接しやすいと思います。
朝日劇場は既に揃っている大道具が多く、新しい道具を作るという仕事はあまりありません。古いものを修理するのがほとんどです。最低限必要な人数は、裏方は3人、照明は1人です。でも2015年には裏方の人数が2人になってしまい、これは限界だということで、そのとき一度、大衆演劇の劇場としてはお休みすることになりました。
(取材班:2015年11月、いったん朝日劇場の緞帳下ろしがあったのは、そういった事情だったんてすね!)
はい、裏方の人数を整えるために期間を頂いていたんです。幸い、今は裏方が4人になったので募集はしていませんが、本当はもっと増やしたほうが色んなことができるんだろうなと思っています。
今回の取材をお受けしたのは、大衆演劇の裏方という仕事に興味を持つ人が増えたらいいなという気持ちでした。朝日劇場だけでなく他の劇場も含めて、今は、どこの劇場も人手不足ですから。ぜひ、裏方志望者が増えてほしいと思っています。
次のページでは、古田さんをはじめ、裏方チームの活躍に舞台袖から密着します!