舞台裏の匠たち第5回床山・丸床さん「床山は、人の記憶の中にしか残らない仕事だから」(5/5)
床山という仕事
コロナ前は、劇場へ足を運ぶ出張型だったそうですね。
だって、誰だか分からない人の鬘って、結えなくないですか?目の前で被ってもらって、どういう風にしていきたいのか、本人に聞いた上でやるのが理想ですね。
そのほうが俺も自信を持って出せるし。写真だけ見て鬘を結うっていうのは、美容師さんが目隠しして髪を切るようなものだから、俺はできたらしたくないかなって。
今の例えで、すごくよくわかりました。
今はコロナ禍だから劇場へ行けないけど、ヤマト運輸さんが優秀だから、楽ではあるけどね。送られてくる鬘は劇団さんによって千差万別。バラしてみたら、鬘自体が壊れている場合も多いんです。鬘って使われ方がやっぱり過酷だから。
あと最近多いのが、立ち役の芯がちゃんと作られてない鬘。芯は直すとなると2時間くらいかかっちゃうから、正直、割に合わないなあと思いますよ(笑)。
でも役者さんに送ったときに、『やっぱり丸床さんが結うと格好良いです』って言われると、手が抜けなくなっちゃいます。そこで、俺にお客さんがついてくれるんだから。
メンテナンスをきっちりすれば、10年単位で持つのでしょうか?
鬘自体は、メンテナンス次第で10年くらいは使えますが、結いは保って1年くらい。重力に勝てないし、油も切れちゃうし、全体が垂れてくるので、結い直しが必要です。
床山の仕事が切ないのって、どんな名人が、どんな技術で結っても、絶対にずっとそのままではないってことです。
だから仕事としては儚いものです。
きざったらしい言い方をすると、床山の仕事は、人の記憶の中にしか残らない仕事だから。役者さんが被ってくれた、その記憶の中に残っていく仕事だから。だからまあ、あってもなくても、いいっちゃいい仕事かもしれません(笑)。
いえ、床山さんは大衆演劇に欠かせません。
昔は床山さんも山ほどいて、大衆演劇界もすごく賑わってて、お金もたくさんあった。
当時は、役者さんを育てるのはお客さんだったでしょ?床山を育てるのは、役者さんだった。新人の床山は、役者さんにとやかく言われることで育っていったんです。
だけどそれができたのは、役者さんも余裕があったから。収入的にも、時代的にも。
けど今は、役者さんにも若い床山を育てているような余裕がない。だから、床山の技術は、すたれていく技術だと思います。それはしょうがないです。時代の流れは止められないと思ってます。
技術継承は難しいのでしょうか。
時代的に、難しいですね。親方と一緒に飲んでいて、『伝統芸能って自分が技術を身につければ良いもんじゃないんだよ。後世に伝えることができたときに、初めて仕事として成立するんだ』って言われました。
この技術を人に教えていないっていう懺悔の気持ちは、あります。だからツイッターで色々書くのかもしれない(笑)。
俺自身は、床山になりたくてなったわけじゃないのに、床山っていう仕事にハマっちゃったわけじゃないですか。それがなぜなのかなんて、自分ではわからない。
だけど神様がいるとしたら、お前は床山に行けっていう風にされちゃったのかな。自分が床山っていう職業に当てはめられてしまった運命なんだと思います。
取材後記
いつも舞台で見ている「鬘」が、世界情勢と繋がっている?! お話を聞きながら、目からウロコがボロボロ落ちる思いでした。
取材後、丸床さんと取材班で、ある劇団の公演を観に行くことに。お芝居や舞踊ショーで鬘が出てくるたび、どの鬘も、元は中国の誰かのきれいな髪で、床山さんの技術であの形をキープしているんだ…と、普段とは違う視点で見つめました。
「何でも聞いて」と、惜しみなく知識を語ってくれた丸床さん。今後のツイッター発信にも要注目です。