ジャンルの一つで、幽霊が登場するなどの恐怖作品です。いわゆる特殊メイクが活躍し、「ケレン」ある仕掛けも登場します。
大衆演劇では様々な題材が取り上げられており、黎明期である江戸時代から、人気のある演目というのがいくつも生まれています。ここではそういった演目や題材の概略を記しています。観劇の際にご参考に、また面白そうと思われる演目がありましたら、ぜひ劇場に足を運んでみてください。同じ演目でも劇団によって演出や脚本が異なりますので、見比べるのも楽しいです。細かい用語などについては大衆演劇豆辞典をご覧下さい。
このページでは「か行」の項目について解説します。
ジャンルの一つで、幽霊が登場するなどの恐怖作品です。いわゆる特殊メイクが活躍し、「ケレン」ある仕掛けも登場します。
大正~昭和期の小説家、劇作家、大映映画幹部(1899年 – 1985年)。久保田万太郎や小山内薫に学び、劇団新生新派の主事を務め、多くの作品を著しました。映画となった「愛染かつら」や「明治一代女」、「新吾十番勝負」、「お江戸みやげ」等の作品で知られます。彼の長男が俳優であり、後に探検隊長としても知られた川口浩さんです。
大正~昭和期の劇作家、演出家(1884年 – 1954年)。金色夜叉などの有名小説を、多く脚本化しました。またオリジナルの脚本では上州土産百両首など大衆演劇で多く上演されるものもあります。
兄である源頼朝に追われた義経は、家臣の弁慶とともに山伏に身をやつして奥州を目指していた。安宅関の役人である富樫介は義経一行を見て怪しむが…
歌舞伎の人気演目である勧進帳。あまり長いものではないので、大衆演劇ではショー等で上演されることが多いです。
第二次世界大戦末期、満州に侵攻したソ連軍によって、多くの日本兵が抑留されることになった。終戦から数年後、舞鶴港には息子の帰りを待ちわびる母の姿があった…。
大衆演劇の演目の中でも珍しい、戦後を題材とした作品です。いわゆるシベリア抑留によって帰国できなくなった兵士を待つ家族の姿は、当時の人々の涙を誘いました。昭和29年(1954年)には「岸壁の母」という歌が菊池章子さんの歌唱で発売されて大ヒットとなりました。さらに昭和47年(1972年)には双葉百合子さんによってカバーされてふたたび大ヒットとなり、映画化やドラマ化されています。
三河吉良(現愛知県西尾市吉良町)を地盤とした侠客で、一時清水次郎長のもとにかくまわれていたことから、その兄弟分となりました。次郎長が世話をした伊勢の吉五郎の縄張りが、穴太の徳次郎によって奪われたことから、仁吉は次郎長との義理を守るために吉次郎に加勢し、荒神山の血闘で死亡しました。
義理に厚い人物として次郎長関係者のなかでも人気があり、単独演目の題材となることもあります。
伊豆屋の若旦那、与三郎は木更津の浜ですれ違ったお富に一目惚れしてしまう。お富も与三郎に一目惚れしたのだが、実は彼女は地元のやくざ赤間源左衛門の妾だった…。
もとは長唄の四代目芳村伊三郎が体験した実話で、ついで講談となり、「与話情浮名横櫛(よわなさけうきなのよこぐし)」という歌舞伎の演目となりました。春日八郎の曲「お富さん」で、「死んだはずだよ」と言われるお富さんはこの作品のお富のことです。また、河竹黙阿弥によって、「処女翫浮名横櫛(むすめごのみうきなのよこぐし)」してリメイクされています。こちらの作品はお富が主役であり、展開も全く異なり、「切られお富」の名前で呼ばれています。また黙阿弥は「縮屋新助」と呼ばれるが遺伝的な作品も作っており、これも大衆演劇でよく演じられています。
信濃沓掛宿(現長野県北佐久郡軽井沢町)の侠客・時次郎は一宿一飯の恩義から三蔵と言う男を斬るが、三蔵には身重の妻おきぬがいた。時次郎はおきぬの面倒を見るため、足を洗って尽くそうとするが…
上州国定村の豪農の息子、忠治は上州三親分の一人・大前田英五郎の縄張りを継ぎ、侠客の親分となりました。周辺を縄張りとする侠客と激しい争いを繰り広げましたが、最終的には関所破りの罪で処刑されました。天保の大飢饉の際に住民を援助したとして、地元では人気があったようです。
国定忠治ものは新国劇の人気演目であり、大衆演劇でも同様です。「赤城の山も今夜を限り」のセリフで知られる赤城山の別れは特に有名です。
正宗一家の親分は、敵対する奈良屋一家に闇討ちされ、命を落とす。二代目となった政吉は奈良屋の代貸に額傷をつけられるなどの屈辱を受ける。更に奈良屋は八州廻りを招いた宴に花魁を連れてくるよう言いつける。貧しい一家への無理難題に困り果てた政吉だったが…。
「達引」とは男同士の意地の張り合いの意味です。また遊郭においては遊女が客のために金を出すことなどを指します。
侠客・五郎兵衛は幼い頃の事故が原因で、顔の半分に大きな火傷跡を持っていた。そんな五郎兵衛のもとに、大店の娘との縁談が持ち込まれるが…
いわゆる侠客物の一つで、講談の題材となり、無声映画時代に映画化もされています。五郎兵衛役の顔には大きな火傷跡のメイクが施され、非常に痛々しいです。
侠客の親分大五郎は、目が見えない浪人、青山喜八郎の妻と密かに関係を持っていた。大五郎は配下の源太に命じて青山とその子を殺すように命じるのだが…
様々な劇団で演じられていますが、源太以外の人物の名前が変わっていることも多いです。源太時雨といった場合には、「磯の源太」の関連作品を指すこともあります。
大鍋一家の銀平は、お市と恋仲であったのだが、お市の父五兵衛は夫婦になることを許さない。ある日、銀平は対立する帆立一家の多治郎と斬り合いになるのだが…
原作は長谷川伸の「雪の渡り鳥」です。何度か映画化もされ、長谷川一夫や市川雷蔵や大川橋蔵といった往年のスターが銀平を演じています。
江戸城中で仕えるお側坊主(茶坊主)で、大名や商人からゆすりたかりをする一方で、困っている庶民は助けるという、いわばダーティヒーローです。片岡直次郎(直侍)を配下にしています。天保六花撰の登場人物ですが、単独で演目になったりすることもあります。
モデルとなった河内山宗春という人物もゆすりやたかりを行っていた人物でしたが、庶民を助けたという話は特に残っていません。
染物職人である久蔵は、一目見た吉原の花魁、高尾太夫に一目惚れ。仕事も手につかない有様。見かねた主人が三年給金を貯めれば高尾に会えると告げたことで、久蔵は寝食を惜しんで働き出し…
紺屋高尾は落語の演目としても人気があり、多くの名人が得意としました。